2020年にエンタメ〜テレ制作で放送されたホラードラマ『心霊マスターテープ』。その後続編の2作目『心霊マスターテープ2 ~念写~』、3作目『心霊マスターテープ -EYE-』が作られシリーズ化している。
自分はこのシリーズを2作目で初めて知り、遡って1作目にふれ、3作目をリアルタイムで視聴する頃にはすっかりハマっていた。
以下に各作品の感想を残しておきたい。
結末までのネタバレあり。
・1作目『心霊マスターテープ』
監督:寺内康太郎 2020年1月
〈あらすじ〉
心霊ドキュメンタリー作品を多く手がけてきた寺内康太郎は、中村義邦監督への取材からこのジャンルの元祖となる幻の作品『知られざる心霊世界」の存在を知る。寺内は同業者達を巻き込んでその作品の調査を始めるが、その先々で「ビデオカメラを構えた謎の男」が現れ、調査メンバーが犠牲になっていき……。
自分がこのシリーズでまず魅力に感じたのが、心霊ビデオ業界のスタッフが実名で多数出演する賑やかなお祭り感だ。ホラーに詳しいわけではない自分でも知っている中村義邦監督に始まり、錚々たる面子が一堂に会しているだけでも観ていて楽しい。そして彼らの専業俳優ではないが故の生っぽい会話や仕草がモキュメンタリー風の演出スタイルに上手くはまっている。
特に寺内監督の1作目・2作目は作品の雰囲気を壊さない範囲でのコミカルな場面が多く、エンタメ作品単体としても十全な出来になっていると思う。
しかし、自分がこのシリーズに本格的に取り憑かれたのはその先の領域だ。
「心霊ドキュメンタリー」。「幽霊や不可思議な現象を記録した心霊ビデオの真偽・謎を調査し解明していくルポタージュ」として劇中では定義されている(第1話)。
思うに、このジャンルは「画面に何が映っているのか」を追求していく形式であるが故に時として「映像」そのものの本質に迫ることが少なくないのではないだろうか。
そして全作に共通して「映像の中からこちらを見返してくる存在」が登場する『心霊マスターテープ』シリーズは、心霊ディレクターふくめ映像作家達が「自分達は何を映しているのか」という自己言及的なテーマがある。
寺内監督らが追いかけた『知られざる心霊世界』の真相は、心霊映像に執着した茨木竜男という男が何人もの人間を殺害しやがて出現する彼らの幽霊をカメラに収めていた……というものだった。
つまらない話をすれば、自分は世に遍く心霊ドキュメンタリーで「本物」を捉えたものはほぼ(?)存在しないと思っている。。そのほとんどはあくまでドキュメンタリーという体のモキュメンタリーか、実録であっても幽霊や怪奇のように見えるものは実際はただの物理現象か、残りはいわゆる人為的な「仕込み」だろう。
本作での茨木の所業も、幽霊の存在こそ真実であったがそれが自然ではなく彼によって作り出されたものだという点では現実の心霊ドキュメンタリーの実情とそうは変わらないのかもしれない。
そして、茨木の幽霊を作り出そうという妄執とその過程で犠牲になった女性アシスタントの関係もまた『知られざる心霊世界』を追う心霊ディレクターとアシスタント達の関係と相似している。劇中には撮影に熱中するディレクターがアシスタントを軽んじ時にやや無茶な指示を下す場面がそこかしこに存在する。さらに往々にしてディレクターや権力者は男性でアシスタントは女性であることが多い。
それが茨木ほど度を越したものでなくとも、このジャンルの起源とそこから続く現状にもそうしたパワハラや男女差別の側面があるのではないか……という自己批判的な視点が本作の肝だ。
だからこそ、寺内監督と新人女性アシスタント涼本の関係の顛末が光っている。
当初、調査映像に華を添える要素として抜擢されただけで第一印象も頼りなかった涼本に寺内監督は難色を示していたが、彼女の実直な仕事ぶりに次第に感化され、自らの偏見を恥じて素直に信頼関係を結ぶようになる。
対照的な二つのシーンがある。一つ目はアシスタントとして参加した初日にミスを連発した涼本を寺内が車中でたしなめるシーン(第2話)。二人は席に並んで座っているが気まずそうにして互いの顔を見ることはなく、さらに寺内は手元のスマホに目を落としながら会話しており、彼らの視線は終始別々の方向を向いている。
そしてストーリーが進んだ後、再び二人が車中に居るシーンが発生する(第4話)。寺内は涼本に最初の悪印象を詫び、今の彼女の確かな仕事への感謝や信頼を伝える。その時の彼は運転中のため隣の涼本にやはり顔は向けないのだが、どこか晴れやかな表情で二人の視線は同じ方向を向いている。似たアングルで明らかに対比して撮影されているこの2シーンで、彼らが業界の奥底に宿る闇を一つ超えたというドラマが描かれている*1。
それは、寺内監督が本作を通して現実の状況にも向けてさりげなく訴えている願いのように自分は感じた。
・2作目『心霊マスターテープ2 〜念写〜』
監督:寺内康太郎 2020年12月
〈あらすじ〉
『心霊マスターテープ』の撮了直後、出演していた心霊ディレクター達のもとに謎の念写写真を映したフィルムが届く。見た者は死ぬというその念写写真を彼らは実際に合同調査することにする。だが、その決起会で重要メンバーが諍いの末に離脱してしまう。残された者達で何とか調査を開始するが、事態は誰もの想像を超えて大きくなっていくのだった……。
度重なる惨事で数多の登場人物が退場してしまった1作目を作中作ということにしてだいぶ強引に(笑)仕切り直した2作目。
1作目の時点でも心霊関係者総出演といった感じで豪華なキャスト構成だったのが、今回は『コワすぎ』シリーズのあの二人やホラー系YouTuberやポッドキャスト配信者、Vtuber等も登場し、映し出される世界がより広く多層的にスケールアップしている。
今回も「念写写真や携帯端末に映し出される顔」「それを見た者が狂死したり消失する」という映像の中からの視線とそこからの見る側への影響が作品の中心となっている。そして1作目で心霊ドキュメンタリーの起源とその暗部を捉えたことから続いて、「作り手の覚悟」をより深く問いかける物語が展開される。
物語の序盤で、業界のベテラン監督である岩澤宏樹は調査メンバー達に皆で盛り上がりたいだけで心霊ドキュメンタリーとしての本気が足りないのではないかと疑問を呈する(第1話)。そこに業界活性化が必要だとして反論した同じく歴の長い古賀奏一郎と喧嘩して、岩澤は一旦物語の表舞台から去ってしまう。そしてメンバーの多くが犠牲となってしまった物語終盤で彼は調査に復帰し、念写写真の首謀者だった女性のヨネと対峙することになる*2。
ヨネは100年以上前から容姿が変わらず念写や千里眼といった超常的な力を有していた。過去・現在・未来を見通し自身や映像を自由に出現させられる彼女の能力は、メタ的には作品(作中内の現実)を自在に認識・編集できるクリエイターの象徴だと捉えられないだろうか。そして彼女が女中として共に過ごし当初は念写能力者と思われていた小田原志津江は、誹謗中傷の中自身の命を削って唯一無二の作品を作り出した夭折の同業者とも言える。
そのヨネが、志津江の遺作である念写写真を岩澤達に突きつけそれを「見る覚悟」はあるかと迫り、さらに「自分の命懸けて、この世に何か生み出したことある?」と「作る覚悟」をも問いかける。
それは劇中の心霊スタッフ達だけでなく、第四の壁を超えられるヨネから作品の視聴者にも放たれた挑戦だ。虚実は定かでなくとも人の切実な想いが込められた心霊モノを本気で観て・あるいは作る覚悟はあるのかと。
また、様々な疑惑をかけられてきた志津江とヨネが実際には仲の良い関係でありヨネが志津江の子孫の女性とも友好的であったという真実は、描写は最小限だったがある種シスターフッド的な観点からも一見の価値があるだろう。
そしてクロスオーバー的に出演(というか襲来)してきた『コワすぎ』の工藤と市川だったが、彼らこそ1作目で問題視された「横暴なディレクターと悲惨な目に遭う女性アシスタント」をより誇張したキャラクターだった。しかし二人があくまでゲスト的な扱いでその在り方を作品テーマと絡めて深く掘り下げられることがなかったのは少し勿体なかったかもしれない。
このようにあちこち未発掘の部分が残るほどの厚みを備えたシリーズ最大スケールの2作目だった。
・3作目『心霊マスターテープ -EYE-』
監督:谷口猛 2022年1月
〈あらすじ〉
若き新人ディレクターとして心霊系作品の制作に励む桂木シンのもとに奇妙な映像が動画ファイルで届き、さらにその送り主の旧友が謎の死を遂げてしまう。シンはカメラマンの相棒ツカサとともに動画ファイルの発信元を追う。それは彼らが過去に犯した罪に向き合うことになる道程だった……。
今作では監督が寺内康太郎から谷口猛に交代し、作風もガラッと変わる。
2作目までは怪奇現象やスタッフが次々に被害に遭う等ホラーらしいダークな展開の中でも、個性的な出演者達による笑い所や彼らの絆が発揮される心温まる場面も少なくなかった。しかし今回はそうした気の抜きどころはほとんどなく、全編にわたって陰鬱な緊張感が張り詰めている。心霊業界関係者の出演も必要最低限にしぼっており、2作目までのようなお祭り的なエンタメ感はかなり減じている。
なぜそんな作りなのかといえば、1作目・2作目に共通していた「映像を撮る側の自己批判」が今作でよりディープでシビアになっているからだ。
これまでは物語の中で心霊ドキュメンタリーを作る者達の咎を指摘しつつも、実際に出演しているスタッフ達は多少問題はあれど決して悪人ではなかったし、彼らの関係性や連帯感は肯定的に描かれており作品の光の部分として機能していた。
しかし今作では、心霊ディレクターのシン達が過去に抱えた罪業とそれが今も変わらないことを克明に描写するという一段踏み込んだ描き方になっている。そのコンセプトでは視聴者が彼らに好感を抱いたり雰囲気が和んだりする場面を入れる余地がなかったのだろう。
今回の「映像内から見つめ返してくる視線」はシンの高校時代の学友達のもとに送り付けられる動画ファイルに映った少女「天沢瞳」。彼女はその眼で見た者を呪い殺す能力を宿すいわく付きの家系出身だった。物語では「目」「見ること」そのものがクローズアップされ、ひいてはその見た内容を記録・編集できる「映像を撮る」ということの暴力性・加害性がより露わにされる。
シンとツカサは動画の内容がかつて天沢瞳が高校の同級生達に暴行を受けていた最中のものらしいと気づいていくも、当初彼らはその場面とは無関係であるような態度をとっていた。しかし話が進むにつれて彼らが実は現場にいたこと、その様子をビデオカメラで撮影してさえいたことが明らかになる。
そして彼らは第2話で旧友の自殺現場をすかさず撮影したように、今も昔も凄惨な事態が目の前で起きた際に被害者に寄り添うより先にそれを「見る」「映像におさめる」ことを優先し状況をより過激なものにしてしまうというスタンスを変えられていなかった。
自分や周りへの危害も顧みず取り続けることだけが映像表現なのか、それはただのエゴなのではないかと周りの人間達は彼らを厳しく指弾する。特に印象的なのはアシスタントプロデューサーの徳丸の言葉で、「カメラに感情は映らない」「本当に作家を志すならその感情と向き合わなければいけない」と彼は言う。しかしその瞬間の彼の表情にこそまさにやるせない怒りと悲しみといった感情が確りと宿っていたように見えた。あれは本当に名演だったと思う。
それでも撮影を止めなかった彼らが避けられない破滅に行き着いたところで物語は終わる。作中では呪いのメカニズムを「対象者の罪悪感に働きかけてその行動を無意識下で操作する」ものではないかと仮定されていた。シンが最終話まで被害に遭わなかったのは、彼が視点人物かつ主人公だからという事情を除けば、結局彼の深層心理では最後の最後まで自分の行いに罪悪感を覚えていなかったから……ということなのだろうか。
シンが道路の真ん中で足を止めて車に轢かれる寸前になるのを街角の監視カメラ映像が捉えるラストシーンは象徴的だ。あれほど特別な映像を追い求めていた彼は、最終的にアングルの工夫や演出も何もないただ業務的な映像の中で果てていってしまった……。
このように終始重苦しい雰囲気で進み結末も虚無的なもので、前2作と比べて楽しさはトーンダウンした仕上がりになってはいるが、本シリーズのテーマに正面から向き合い深化させたものとしては非常に正当な最新作だったと言える。
監督の谷口猛氏は前2作にもサブキャラクターとして出演していたが、彼が今回の監督に抜擢されたのはそれだけではなく、彼の作品公開に寄せた文章にもあるように本シリーズに通底する映像業界への問題意識が彼の中にも確固として共有されていたのが大きいのだろう*3。
谷口監督の過去作『心霊×カルト×アウトロー』では彼が主演も兼ねており、まさに「面白い映像を求めてなりふり構わず撮影に突き進む若者」を演じている*4。『EYE』ではプロデューサー役としてシン達に協力するポジションになっているが、それはかつての自分を一歩引いた立場から客観視する意味と、そして彼らを結局は制止せず「撮らせた」者という業界のまた別の問題点を自ら表現していたのかなと思う。
ことわっておくが、以上のように本作はテーマ性を重視し前2作のようなストレートなエンタメ性を排除してはいるが、決して面白さが劣っているわけではない。むしろ音楽の使い方や編集のキレは歴代随一とさえ言える。
それでも今回のような作りを今後も続けるのはさすがに苦しいだろうし、谷口監督のやりたい・やるべきことはこの3作目で十分達成しきっているように思う。
これから先にシリーズ4作目があるとすれば、監督のバトンは再び寺内氏に戻るのか、はたまた別の新しい人選になるのだろうか。まだまだ未知の可能性を秘めたコンテンツであることは間違いないと思うので、気長に新作に出会えることを待っていたい。
・『心霊マスターテープ』シリーズ公式ページのリンク。アマプラで観れるし今度DVDも出るぞ!
・大変感銘を受けたTwitterのスペース。心マス語りに飢えている。
*1:さらに、最初の前者のシーンでは二人の服装が異なるカラーリングだったのが後者では同じ黒い防寒着に白いインナーになって一心同体感が表現されていたり、前者で画面内の下部が黒い背もたれで占められいたのが後者では白いボンネットになっていて全体が明るく見えたりと、画面構成の細部まで凝らした「キメ」のシーンだったことが分かる。
*2:しかし、岩澤監督が登場するだけで画面に「心霊的な華」としか言いようのない高揚感が発生するのは何なんだろう。作り手としては勿論だが被写体としても相当魅力的。
*3: 谷口 猛 - Takeru TaniguchiさんはTwitterを使っています: 「監督・演出という加害性を孕む行為において、そこに優しさと覚悟はあるのか 『心霊マスターテープ -EYE-』 https://t.co/j4WoKGfevo」 / Twitter
*4:本作ではホラー的な怖さだけではなくサイバー宗教やヤクザといった反社会的な領域に足を踏み入れる恐さもあり、劇中で怪奇現象はほとんど起きなくても緊張感が続く。『心霊マスターテープ』シリーズと似通った部分もありつつ独自の良さを持った佳作。