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『鋼の錬金術師 復讐者スカー』感想覚書:為し得た禁忌の実写錬成

 まず、自分は『鋼の錬金術師』が大好きだ。

 通称「ハガレン」。荒川弘の原作漫画に中高生だった2000年代に直撃して見事にハマった。その贔屓目を除いても本作は少年漫画の金字塔だと思っている。そして最初のアニメ版は原作に大胆な改変を施して独自の傑作になったし*1、後に再度アニメ化された際は最後まで原作に沿った十全な出来だった。そのまた後の劇場版はジブリテイストを取り入れた特別編といった趣でこちらも好きだ。

 

 そんな風に自分はハガレンの原作とメディアミックスにはどれも満足していたのだけれど、2017年公開の実写映画版についてはさすがに良い感想を抱けなかった。

 曽利文彦監督が得意とするCG合成やるろ剣実写をふまえたような適度な汚し・厚みの入った衣装の出来も全然悪くはない。しかし「近代西洋風ファンタジー世界を舞台にした漫画を日本人キャストで実写化する」という枠組みによりどうしても「日本人がコスプレで演じている虚構」という事実が意識から拭えず、素直に映像世界に没入することができなかったのだ。さらにストーリーや役者同士の演技のつながりも散漫な印象を受け、全体的には駄作とまではいかなくとも決して良作とは言えない……というものだった。自分にとっては。

 

 そのため2021年にハガレン20周年プロジェクトの一つとして実写映画版の続編2部作公開が発表された時は、正直「また(まだ)やるの……?」と思ってしまった。すわ原作やアニメ版の新作かと期待してしまっていただけ余計に落胆したというのもある。

 続2部作で新規出演する俳優陣を確認して「あーあのキャラをあの人がやるんだー」程度にちょっと心動かされつつも出来に関してはあまり楽しみにしていなかったのが事実だ。

 

 しかしいざ鑑賞してみると、……いや悪くないんじゃないか? むしろはっきり実写1作目より良くなっている、何ならある点においては原作超えすらしているのでは?と思ってしまった。

 

 以下具体的な感想。

 

   ***

 

 本作の何が良かったかというと、いくつもある(!)のだがまずは作品全体のストーリー構成だ。

 この実写版2作目は「復讐者スカー」というサブタイトルの通り、主人公エルリック兄弟に敵対する国家錬金術殺しのキャラクター「傷の男(スカー)」を中心とした物語になっている。実写1作目が映画ストーリーの基本にした原作1巻・2巻の部分の後からスカーが登場するため、実写2作目もそこに沿うのは順当な流れだ。しかし今回の実写続編2部作では原作全27巻を最後まで映像化するという企画のため、1作ごとに原作何巻分ものストーリーを詰め込めなければいけない。そうすると映画の脚本が相当駆け足になってしまい破綻しかねないところだが、この実写2作目ではむしろその脚本がかなり良い仕事をしているのだ。

 

 まず、本作は原作の2巻から18巻頃までの中からスカーにまつわるエピソードを抜粋・連結させ、そこに付随して他のキャラクターや物語展開を肉付けするような作りになっている。それによってキャラクターの登場順や話の流れも原作からかなり入れ替わっており、抜粋元の原作の巻数をおおまかに並べると11巻→1巻→8巻→2巻→4巻→3巻→11巻→12巻→18巻→13巻といった感じだ。

 原作読者ほど混乱してしまいそうな順番だが、それが映画の中で極力自然になるように繋ぎ合わされているため、むしろ「あ、このキャラがここで出てくるのか! ここでこの話数を持ってくるのか!」と矢継ぎ早に原作がどうリミックスされるのかを良い意味で驚かせられる時間がずっと続く。そして時には原作にもなかったオリジナルの状況になるような場面すらある*2。まさに原作の「理解・分解・再構築」がなされているのだ。

 こうしたストーリーの好転に一役も二役も買っているのが、アメストリス国外からやってきたリン・ヤオ、メイ・チャン等の東方シン国のキャラクター達だ。原作では8巻以降の登場だが、本作では冒頭からの出番となる。原作で主人公側・ホムンクルス側とも異なる第三勢力として活躍し盤面をかき回すトリックスター的な役割を果たしていた彼らだが、この実写2作目でも同じ働きをしてみせる。不老不死の手がかりとなるホムンクルスを求め、主人公の兄弟や軍部に協力し、スカーとも渡り合う。各キャラ・各勢力と接触し神出鬼没に行動できるリン達がいることで、原作からのストーリー改変が起こっても不確定要素である彼らの存在がそこに説得力を与えてくれる。

 キャスト達もハマっており、特に皇子リン・ヤオ役の渡邊圭祐が白眉。元々リンは西洋人中心のキャラ達の中で東洋人として分かりやすい平たく面長な風貌で、それが良い意味での異物感を発揮していた。しかし今回の実写版では主要キャラを全て日本人俳優が演じている状況で、そこでリンをむしろ日本人離れしたルックス・体格の渡邊圭祐が担当するという逆転したキャスティング。リン・ヤオの容姿以上にそのイレギュラーな存在感という何よりのキャラクター性をしっかりと「実写化」している。

 

 役者の話で言えば、主人公エドワード・エルリックの山田涼介もかなり良い。実写1作目と演じ方が大きく変わっているわけではないようだが、エドのガラの悪さやコミカルな部分がより自然になっていたように思う。アルには気の良い兄として接し、ウィンリィには意識しつつある健気な幼馴染みとして、敵役には不敵に、リンにはぶっきらぼうな同年代の少年のように……。画一的なキャラとしてではなく、原作エドが他人に対してそれぞれどう接していたかを実写の演技として相当上手くコンバートしていた印象だった。

 勿論、実写1作目と同じく「役者がキャラの単なるコスプレに見えてしまう問題」は依然解決してはいない。特に男性キャラ達が原作のガタイの良さを再現し切れていないのはどうしたって目立つ。山本耕史のアームストロング少佐はかなりの大事故だ。錬成失敗して「もっていかれた」感。それでも、彼らの筋骨隆々な外見の奥にあるナイーブさを映すことに注力しており、映画全体を瓦解させるまでには決して至らせていない*3

 

 このように、原作のストーリーを大幅に再構成し、見せ場の連続と役者陣の好演によって映画全体でどのようなドラマが紡がれたのかというと、それは「憎しみの連鎖」だ。

 スカーはアメストリス東部辺境の少数民族イシュヴァール人であり、アメストリスとの戦争の末に国家錬金術師により殲滅戦に遭う。そこで彼は故郷と兄を喪い、憎しみから国家錬金術師を殺して回る復讐鬼となる。

 しかし物語の中で彼が戦争直後に狂乱の中で殺してしまった医者夫婦の娘であるウィンリィがその事実を知ってしまう。彼女もまた憎しみで以てスカーに銃を向ける。スカーは師父から諭された通りに憎しみの連鎖が止まらない悲劇を実感することになる。

 スカーとウィンリィの相対を中心として、他にも憎しみの連鎖は描かれている。エドウィンリィの仇であるスカーに敵意を向け、かつて自分達家族を捨てた父ホーエンハイムに暴言を吐く。イシュヴァール殲滅戦に参加していたアームストロング少佐は慚愧の念に震え、マスタング大佐や部下のホークアイは憎しみを引き受けてでも未来のために生き延びなければいけないと覚悟を固めている。

 あるキャラは被害者としてまたあるキャラは加害者として、あるいはその両方として、憎しみの行き場をどうするのか。そうした感情のやりとりが最後まで確りとバトンパスされていく。

 そしてクライマックスでウィンリィはもう一度冷静にスカーと向き合い、「理不尽を決して許さず、一方で憎しみのままに行動するのを耐える」ことを身をもって指し示す。原作通りに、ここで憎しみの連鎖は停止する。

 

 しかしこの実写2作目の本番はここからだ。

 和解の場面の直後、ホムンクルスのグラトニーが乱入してくる。グラトニーは実写1作目で自分が慕っていたラストをマスタングに倒されており、その復讐として彼を殺そうと暴走状態になる。その結果、エド・リン・エンヴィーがグラトニーの中の異空間に飲み込まれてしまう。血溜まりと闇だけが広がるまさに地獄の底のような世界でエド達とエンヴィーが対峙するシーンで映画は終わり3作目へと続く。

 憎しみの連鎖は個々の意思で止めることができるがそれはあくまで数多の連鎖の中の一つであり、すぐにまた別の憎しみが場を浚い、戦いが続いていく……。原作ではウィンリィとスカーの決着の数巻前にグラトニーの暴走の展開が描かれてている。その順番を入れ替えて以上のようなよりシビアな物語にしたのは本作の明らかな意図だろう。

 ここで、この実写2作目が「憎しみの連鎖」というテーマにおいては原作よりさらに先へ踏み込んだと自分は感じた。原作連載時よりさらに混迷した情勢下にある今現在にハガレンを実写することの意義が確かに生まれ、そして果たされていると。

 

 実写3作目「最後の錬成」ではさらにキャラクターも増えて激戦の展開になり話をきっちり畳まなければいけないため、制作の難易度はより高いものになっているだろう。

 この2作目で見えた光明をぜひ何とか最後まで逃さずにいてほしい。

 

 

*1:さらにアニメ版の監督と脚本家が再びタッグを組んだ2011年の『UN-GO』によりディープにハマることになる。

*2:たとえば映画冒頭で先を急ぐエドがアルに遅いと文句を言うとアルが「(鎧姿でぶつかると危ないので)人混みでは速く進めない」と返すシーンがある。この科白は原作のどこにもないが確かにあってもおかしくないほど世界観を捉えたもので、この時点で「あ、今回は何が違うぞ」となった。

*3:スカーを演じた新田真剣佑は同じく少年漫画実写化の『るろうに剣心』最終章でもきょうだいを殺された恨みから主人公に立ち塞がる敵キャラを演じており、堂に入った復讐者芝居だった。