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『名探偵コナン ハロウィンの花嫁』感想覚書:お願い・タッチ・タッチ

 火事と喧嘩は江戸の華、殺人事件と爆発はコナン世界の華。

 さて今回の爆発は?

 

 以下、感想。

 

 『名探偵コナン』劇場版シリーズでは、毎回映画らしい派手さの演出の一つとして何かしら特徴的な構造物が登場し、それが物語展開の中で爆発・損壊することがほぼ恒例行事になっている。遊園地の観覧車(純黒の悪夢)、シンガポールのマリーナベイサンズ(紺青の拳)、国際競技場(緋色の弾丸)等、アクション要素が増量している近年の作品ではそれに応じて壊れるモノのスケールもさらに大きくなってきている。

 今回の『ハロウィンの花嫁』では事件を起こす犯罪者がまさに爆弾を扱う殺し屋で、その人物は最終的な標的をまとめて始末するために渋谷全域を爆破しようとする。爆発の対象が一個の建物やモニュメントではなく街全て。爆発の規模インフレもここに極まった感がある。

  そして今までのシリーズ作品では爆発が事件の犯人との戦いの最中に副産物的に起こるものだったのに対して今回では爆発自体が犯人の狙いであるために、超大規模な爆発への舞台立てをしつつも作品のクライマックスはコナン達がその爆発をいかに不発に終わらせるかになるのが本作の特異な点だ。

 

 劇中で殺し屋“プラーミャ“が使う爆弾には特徴がある。蛍光赤・青の2種類の液体火薬が別々のタンクに溜められており、それがパイプを伝って装置の中央で接触し混ざり合うことで発火し爆発を引き起こすというものだ。爆発を阻止するには何らかの方法で液体火薬の流れを堰き止め接触を防がなくてはならない。

 そして爆発阻止のために逆に物語の中で「2種類のモノを接触させる」ことが作品全体で印象的なモチーフになっていたと思う。

 

 たとえば、警察陣営と「ナーダ・ウニチトージティ」の接触。今回の作品でスポットが当たる高木刑事・佐藤刑事ふくめて警察は、プラーミャの起こす爆発事件を追う中でロシアの民間組織「ナーダ・ウニチトージティ」に出会う*1。彼らはプラーミャの犠牲者の遺族を中心に結成され、プラーミャを追って日本までやって来ていた。警察を信用せず非合法な存在でもある彼らと警察は当初敵対するが、コナンの活躍により最終的には爆発を止めるために文字通り「力を合わせる」ことになる*2

 もう一つが、高木・佐藤と同じく今作でフィーチャーされている公安警察の降谷零/安室透とコナンの接触黒の組織に潜入している身でもある安室とコナンは決して気安い間柄ではないものの互いの力量を認めており、『ゼロの執行人』の時と同じように事件解決のために協力関係を結ぶ*3。今回の事件は安室の警察学校時代の同期である松田がかつてプラーミャの爆弾を解除していたことが要因となっていた。さらに同じく同期の諸伏が実は小学生時代のコナン(というか新一)と出会っていたというエピソードが明かされ、彼の行動が現在のコナンに爆発阻止のヒントを与えていた。このように安室とコナンの過去が接触していたことが事件解決の後押しになっていたのだ。

 そして最後に、事件解決後のある一幕。渋谷のスクランブル広場につながる二つの大通りをパイプに見立てて流された液体火薬はコナンの巨大化したサッカーボールによって堰き止められ、爆発は未然に防がれる。スリルとアクションてんこ盛りの十分なクライマックスではあったが、それでも事象としては「接触の妨害」というある種アンチカタルシスなものだ。それを最後の最後に高木と佐藤のキスシーンが払拭する。それまでの数々のスペクタクルに比べればとてもささやかな、けれどこれ以上ないロマンティックな「接触」!

 原作者いわく「殺人ラブコメ」である本コンテンツの面目躍如たる結末だった。

 

 こうした見事な作品作りを今回担ったのが満仲勧監督。

 90年代末からアニメーターとして活動開始し演出家としても様々な作品に関わっている満仲監督だが、やはり仕事として有名なのは『ハイキュー!!』アニメ版1期〜3期だろう。バレーボールが題材のスポーツものであり、試合の場面では敵味方で数多の登場人物が忙しなく入り乱れ感情をぶつけ合う原作を捌き切りハイクオリティなアニメーションに昇華した腕前は、『コナン』の劇場版監督にうってつけだったと言える*4

 本作でもコナン・警察・プラーミャ・公安・ナーダ等のいくつもの勢力が交差し過去・現在の時間軸を往復する複雑なシチュエーションを決して混乱させることなく全てがスクランブル交差点に集約されるラストまで描き切ってみせた*5

 また、怪我をした小五郎を看る真剣な灰原や安室の部下を平手打ちする佐藤、怨敵への憎悪を露わにするエレニカ等、感情が極まった人間の必死な形相がジュブナイル作品としてかなりギリギリの迫力で作画されており、これも今回の際立った部分だった。『ハイキュー!!』でもキャラ同士の迫真の応酬を原作から丁寧に掬いとる手際が素晴らしかったので、これも満仲監督の長所なのかなと思う。

 そして『ハイキュー!!』といえば、バレーボールは「ボールをいかに敵陣に落とすか」を争うスポーツだ。そのアニメ版を手掛けた満仲監督が今回の『ハロウィンの花嫁』で「小柄な少年の主人公」が「ボールを一か所に押し留める」ことで事件を決着させるクライマックスを描いたのが、あくまで自分の勝手な想像ではあるが、何とも感慨深い。

 

 そして来年のコナン映画の予告……マジ!?

 

*1:彼らがロシア出身のキャラクター達であることについては、本作の制作は2年前から始まっていたため2022年現在の世界情勢とは何も繋がりはない。ただそれでも、彼らがステレオタイプな「ロシアの非情な武装勢力」で終わらずに最終的には無辜の犠牲を避けるために奔走する着地になったことに、制作陣の常からの良識を感じ色々と安堵した。

*2:また、組織のリーダーであるエレニカになりふり構わない暴走を思いとどまらせる決め手になったのも、コナンによる抱擁(=接触)だった。言葉にはなかったが、その温もりこそ彼女が喪った幼い我が子のものを呼び起こしていたことだろう。

*3:冒頭で安室が首に爆弾を取り付けられてしまったので地下の防護施設に籠るのは良いとして、そこにあったやたら調度のお洒落な椅子は何???

*4:ちなみに『ハイキュー!!』アニメで自分のお気に入り回は2期23話「チーム」。主人公達の対戦校メンバーである京谷が焦燥するのを矢巾がたしなめるシーンの迫力は自分の歴代視聴アニメの中でもトップクラスの一つ。

*5:しかし満仲監督の健闘を以ってしても、今回の映画でも蘭の存在感が『ドラえもん』でののび太のママくらいのものだったのが悔やまれる。本編のストーリーでも新一との関係が進展しきってしまってもうアクション要員くらいしか見せ場がないのでしょうがないんだけどね……。